80年代には指導者教育に力を入れ始める。
氣は誰もがいつでも簡単に実践できるもの、
という考え方のもと、
氣を健康に活用する方法を伝えていった。




氣の健康学院を創設

各家庭において誰にでもたやすくできる「氣の原理」にもとづく「鎮心の行」「氣の呼吸法」「氣圧療法」を普及するため、「氣の実践会」を創立。同年、自己の健康管理のための方法として、氣圧療法を確立し、「氣の健康学院」を創設する。



千代の富士の脱臼を看る

この頃、当時横綱になったばかりだった千代の富士関が左肩を脱臼。思うように回復せず、再起が危ぶまれていたとき、藤平光一の氣圧を受けると、完全に回復。それから53連勝の偉業を達成した。


 

西武ライオンズの選手一人一人を指導

また西武ライオンズの当時の監督、広岡達朗氏が藤平光一に氣の指導を受けていたことをきっかけに、選手全員の氣の指導を行う。新宿の道場に、入れ替わり立ち代り、ライオンズの選手が氣の指導を受けに通った。その年から西武は優勝を続け、黄金時代を築いていった。