
病弱だった少年時代
1920年、東京下谷に生まれる。3歳のときに郷里、栃木県へ帰る。幼少の頃は非常に身体が弱く、常に医者の世話になっていた。将来を案じた柔道四段の父親の手ほどきで、9歳から柔道を始める。以後少しずつ丈夫になり、14歳で黒帯を許される。

一冊の本に出会う
16歳のとき、慶応義塾大学の予科に入学。柔道に情熱を燃やしたが、ハードな練習のすえに肋膜炎を患い、1年間の休学を余儀なくされる。静養中、書物を友とし、自省の念にかられるうち、病弱な身体を憂い、自らの心がいかに弱いかを痛感。その頃、山岡鉄舟の高弟、小倉鉄樹が、鉄舟の捨て身の修行について書いた一冊の本に出会う。感激した藤平光一は病氣の回復を待たず、強い心と体を求めて小倉鉄樹の道場、一九会を訪れる。以来、ここで「禅」や「みそぎの呼吸法」の修行を積む。

戦場で氣の力を知る
23歳、慶応義塾大学卒業と同時に、軍隊に入隊。小隊長となって中国大陸に派遣され、4年間、転戦の日々を送る。一瞬の氣の緩みが死を意味する戦場において、呼吸法を毎日200回行うことを自分に課した。ときに呼吸法をしても心が静まらないことがあったが、そんな時は敵が潜んでいるなど、決まって身に危険が迫っていた。この行軍中の氣の呼吸法により、臍下の一点に心を静める秘訣を会得する。
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合氣道に入門
19才の時、本当の強さを求めて合氣道の開祖・植芝盛平先生に入門。合氣道を学ぶ。

中村天風先生との出会い
終戦後、再び、禅、みそぎ、合氣道の修行に打ち込むかたわら、音羽の護国寺で統一道を説いておられた中村天風先生に師事する。天風先生の教えから「心が身体を動かす」という原理を知ると同時に、会得する。そしてこれを生涯の指導の中心とする。その後、藤平光一は天風先生より絶大な信頼を得る。
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