日本人とは違い、海外では本当の実力が
なければ信用されない。
小柄な藤平光一は観客の目の前で、
大柄な外国人プロレスラーや
武道家を倒すパフォーマンスを行うほか、
小指一本で何人もの人を倒す
デモンストレーションなどを通じて、
氣の威力を証明して歩いた。




実力で氣の威力を証明

53年、だれもが自由に海外に行くことができなかった時代、特別に渡航が許され船でハワイに渡る。現地ではいきなり大柄のプロレスラーや武道の有段者と対戦させられるが、ひるむことなく相手を次々と投げ飛ばし、押さえ込む。その情景を見た人たちが次々に入門していった。
ハワイの州警察が藤平光一の指導を仰ぐようになり、以後、継続して毎年、研修が行われている。



アジアにも普及の波紋を広げる
さらにグアム、フィリピン、ニュージーランドにも赴き、指導を行う。
氣の威力を証明するために、大男が連なって全力で押す力を小指一本で支えたり、持ち上がらない身体を見せたり、何人もの武道の有段者を相手に次々に投げ飛ばすといった、デモンストレーションを数多くこなした。



王貞治選手の一本足打法を指導
巨人軍に入団した当時、伸び悩んでいた王貞治選手の指導にあたる。コーチの荒川氏に頼まれ、新宿本部の道場で一本足打法の指導を行った。このとき、片足を上げてもぐらつかない氣の活用法を伝授。後にホームラン記録を次々と塗り替え、世界のホームラン王となる礎となった。
 

アメリカ各州で普及活動
ハワイでの指導を皮切りに、頻繁にアメリカに渡るようになる。カリフォルニア州、ネバダ州、アリゾナ州、ワシントン州など、21州を次々に自らの足で回り指導していった。



ON砲の裏に氣の指導

王選手に指導した1年後、長嶋茂雄選手にも指導する。バットを氣で持つことを指導したところ、すぐに理解し活躍。以後、王選手と長嶋選手のアベックホームランが観客を湧かすようになる。
長嶋選手は監督に就任後、チームがリーグ最下位に転落した年の9月、一軍選手全員を新宿本部の氣の道場に送り、藤平光一の指導を受けさせたこともあった。



10段位を授かる

69年に植芝盛平先生より、最高段位10段を許される。(その3ヵ月後に、植芝先生が84歳でこの世を去る。)